アフィリエイト 介護と猫と一眼レフ 6月14日☆とらぶりゅ~でいず☆
12345678910111213141516171819202122232425262728293031
-------- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




長年のテンプレの変更の都合上、
記事によっては、続きが
下にたたんである場合があります。


FC2ブログランキング
| スポンサー広告 |
2007-06-14 (Thu)
へっへっへ


近況なぞ、書いてみませう。

いろいろあり過ぎて書ききれない

数年後に見た時に、脳みそを刺激して、いろいろと
思い出せる程度に書こう




長年のテンプレの変更の都合上、
記事によっては、続きが
下にたたんである場合があります。


FC2ブログランキング



手術の後は、まあ、血とモルヒネの世界だったため、
ツライを通り越していた・・。

その後も、まあ、顔はバスケットボールみたいに腫れてるし、
身体中、アザだらけだし、目の下も出血してるし・・。
ご飯も一ヶ月近く流動食。


どうも、ツライ回路は、ほぼ、マヒしていたようで、
ときおり、ふと不安になったり、「も、駄目」と思ったりもしたが、
もくもくと過ごしていた。



退院したら、じいちゃんが家にいなくて、
入院していて、
私は病院に行く祖母ちゃんや、手伝いにきてくれる母や弟を尻目に
痛み止めとお友達でお布団暮らし。

ひたすら、「自分のことは自分で」だけは守り、
流動食を作って、薬飲んで、消毒して、病院行って、寝る。


<な~んにもできない>


家族のためにな~んにもできない。

な~んもできないうちに、じいちゃんは死んでしまった。


やっとこさお見舞いに行って、帰ったとたん病院に
緊急で呼び出され、また病院に行って、また帰って、
その夜中にまた呼び出され、それで最後。

ここら辺の時期も、どうも、「ツライ回路」がマヒしていたようだ。

あとから考えるに、私が、「ツライパニック」を起こさないように、
少しづつ、「ツライ」を噛んで飲み込んでいけるように、
祖父ちゃんは、この時期に死んでしまったのかもしれん。

今を持って、ツライ回路は半分マヒだ。

おかげで、まだまだ頑張れる。

バアチャンを支えるべく頑張れる。



さすがに、一日一回くらいは、じいちゃん思い出して
泣くけどさ。



お見舞いに行ったとき、じいちゃん、意識が無かったけど、
手を握ったら握り返してくれて、
「あ~・・」って声出してくれたんだよね。

私だってわかったか?

いや、わかんなかったかも・・

「お前じゃなくて、ばあさん呼べ」だった可能性も・・(-▽-)

じいちゃんは、ばあちゃんの作った飯しか食わないほどの
ばあちゃん大好き人間だった・・。




一度、家に帰るように言われて、帰ったものの、
どうしても寝れなくて、心臓がドキドキして
夜中に起き出して、いつもそんなことしないのに、
コーンスープとかココアとか、豆乳とか、ガバガバ飲んでいたのだ。

まるで、
「これから、大変になるから、ちゃんと食べておいて!」
って体が予想してたみたい。

いつもみたいに、貧相な流動食だけじゃ倒れるぞ!みたいな。


そしたら、全部、飲み終わったとたんに電話が鳴って、
病院に行くことになったのだ。

その後は、もう・・嵐だ・・・。



人が一人亡くなるって、こんな嵐なのか・・。

すごいスピードで、ドクター、看護婦さん、葬儀屋さん、親族が
手続き、手続き、打ち合わせ、運んだり呼んだり設置したり・・。



亡くなった直後、
看護婦さんが、じいちゃんの遺体を綺麗にしてくれてる間は、
時間があったのだけど、
そのときは、まだ、うちら遺族は、実感わかずにボー然だし、
その後は、もう、泣いてるスキなぞ無い。



親族全員、ほぼ、徹夜で、葬儀の用意やらなんやら。

じいちゃんが居なくなったという実感が生まれる隙が無い。

放心してるばあちゃんを支えながら、今後の予定を聞きながら、
じいちゃんを迎える家の掃除だ、お茶の準備だ移動だ設置だと
やりながら、

「葬式ってのは、遺族を悲しませないためにあるのか?」
考えてしまった・・。


亡くなったその日は、葬儀の準備で休むヒマなんて無いのだ。

ちなみに、治療だ安静だと言ってるヒマも無いのだ(-▽-)

口を動かすなと言われても、動かさないとしょうがないだろ~!

この後、葬儀が終わるまで、私は安静なんて無視だった。
いやあ、こりゃ、必然です。

神様も許してくださる。




そして、亡くなった人は、亡くなった日から24時間は、
遺族の元に安置される約束らしく、
やっと、その次の日、一日、棺と一緒に過ごすことになる。


亡くなった当日でなく、次の日に、やっとゆっくり
向き合えるのだ。


葬儀を控えて、母や弟は実家に帰り、
バアチャンと私の二人で過ごした。
(私は爺ちゃんとバアチャンと愛猫との3人&1ケモノ暮らし)

なんだか怖くて見れなかったお棺の中を、
ちゃんと顔見て挨拶しようと開けたら、
爺ちゃんは、めちゃめちゃ可愛い顔で寝ていて、
少し感動した。

葬儀の前の一日は長かったな~。

三人居たのが二人になると、家が広~い。

でも、ここでもまだ「これホント?」と時おり思うのだ。

一番哀しい寂しいバアチャンを支えないとって気持ちが
なかったら、シャキっとできなかったろうな。

今もそうだな。

少しづつ、少しづつ、恩返ししてるつもりだったけど、
じいちゃんに伝わってたんだかなあ・・。


おいしいお茶菓子をいろいろセレクトしてみたり、
イラスト頑張ったり、人間として成長できるように

じいちゃんに喜んでほしかったんだけど、
伝わってたんかなあ・・。




次の日は、葬儀だったけれど、大変、よい葬儀でした。

ここら辺は、マンガでも描いちゃうもんね。
みんな、基本的に笑ってる葬儀。


さすがにバアチャンは放心してたけど、
他の人たちは、笑いながら爺ちゃんのこと話してて、
ときおり、くしゃっと顔をゆがめて泣きそうになるけど、
ぐっとこらえたら、また笑って爺ちゃんの話してた。

私は、それはステキだと思ったのだ。


火葬場にも行ったけれど、お棺と同じく「怖い・・」と思ってた
お骨だけれど、じいちゃんのお骨はとっても綺麗だったのだ。

スッキリ真っ白くて宝石みたいだった。

とってもしっかりしたお骨だと、火葬場の方が
いろいろ説明してくれた。

親族の方と、やっぱり笑顔で大切にお骨を拾って、
「まあ、こんなに元気なお骨だったのね~」
「あんなにタバコ吸ってたのに・・」
なんてさ。


普段は会わない親族と会えて、それがみなさん、
いい顔でじいちゃんのことを話してくれる。


じいちゃんが死んで、
10年以上、一緒に暮らした家族が死んでしまって、
遺体を見て撫でて、たくさんの親族の方に会えて、
たくさんの手続きと、書類の山。

いろいろな人の、いろいろな感情と次々に向き合うわけです。


身近な人が死ぬってことを体験するのは、
とてもスゴイこと・・。
大切なことなんだと、つくづく思った。

人間として、激しくゆさぶられます。

こういう体験を孫にさせるのが、じいちゃん、ばあちゃんの
最後の優しさなのかと思えば、
日本は、昔ながらの三世代同居がよかったんだなあと
ものすごく思いました・・。

この体験があると無いでは、
死」に対する想いが全然違う。

それに、「人間」に対する想いが全然違う。

「自分」が「生きる」ことに対する想いが全然違う。



私も、大分、変わったんですよ♪
といっても、まだ、生活面だけですけど・・。


とにかく、大変です!


11日から、本格的なリハビリが開始!

じいちゃんが亡くなって、いろいろ多忙なバアチャンを
きっちりお手伝い!

激変した生活パターンを、どうしたもんだか試行錯誤☆


イラストも描きたいのに、どうにも痛みをこらえて
空き時間に絵を描けるだけの根性が無い・・。

どうして無いんだ・・



しかし、今は、リハビリと家事手伝いと、
じいちゃんの居ない生活に慣れるので、せいいっぱい・・。


プロの作家さんは、こういうときでも描いてるっていうのに・・。

ぐやじい・・。


しかし、これ以上、動こうにも、眠くてだるくて身体が
動かんよう・・。


ちょっと、いっぱいいっぱいになってきたので、
今日は急遽、カラオケに行ってみたりして


そしたら、まだまだリハビリが足りなくて、
歌はちゃんと歌えなくて不安になったり哀しくなったりして・・。

(逆効果でござるよ)


描きたい描きたい描きたい・・。

ぽつぽつ更新だというのに、見に来てくださる方、
コメントくださる方、ほんとに泣けます・・。


ありがとうございます


じいちゃんが居なくなったり、リハビリだったり、
先の予想ができないことばっかりですが、
きっと、時間が経つにつれ、整理整頓ができて、
絵を描いたりもできる!

がんばれオレ!



やり過ぎず、甘えすぎず、日々是精進じゃ~!
| 愛しき日々 | COM(44) | TB(0) |















管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。